周年

電車が到着したタイミングで、家内からLINEがありました。
「いま着きました。ごゆっくり」

そのテンプレに甘えるときもあるけれど、
「到着したタイミング」とあらば、急がないわけにはいきません。

近くしか見えないコンタクトレンズであっても、遠方にいる家内を見誤ることはありません。
「お待たせ」
とご挨拶。
ひとまず、ランチをとりに向かうさ、グーグルマップで確認。
「ここかな?」
開店、三分前。
ほどなくシャッターが上がり、ヒゲを蓄えたアジア系外国人の店主が、どうぞと迎えてくれました。
打ちっぱなしのコンクリートの壁と赤いカウンター&テーブルが、スタイリッシュな店内。
奥のカウンターに横並び、引き出しから、ナプキンとマエカケを使います。f:id:sumiretaro:20260712185025j:image
「花山椒が効いてたね」
と食べ終え、家内に感想したら、
「手を洗わず麺に触れてた」
と。
気づかなかったことだけに、聞き流していたら、
「シャッター上げたその手で」
とつけたされました。
「よく見てるねえ」
と、衛生観念の薄さに、たじたじ。
思い返せば、十年昔に、そうした「観念」の違いにストレスを感じたこともありました。
それがもとで喧嘩をしたことも、しばしばです。
そこから、コロナ禍を経て、いまに至っているわけですが、禍中会うことが少なかったのは、あるいは、家内の「衛生」に対する、厳しさのゆえか? とも思うけれど、ときは過ぎました。

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天蓋を巡らす緑の下。
木造りのベンチに横並び、周年記念の贈物を渡しました。
「開ける前に当ててみて」
「軽いけど、まさか、指輪とか?」
「そういう気持ち悪いものではないよ」
と一日千秋の想いでいた十年昔なら、絶対に言わなかったことが、口をつきました。
「ヒントは手。しかも一生物」
と十年昔に戻って、はしゃいでいる、バカらしさに、
「こうやって、俺の指を握って、ちゃんとキレイにしてね! って。自分でも磨いたりしてたよね」
とこれまた、家内の「衛生観念」を過ぎらせつつ、
「もしかして、爪切?」
「当たり!」
と十年昔に戻ったかの一幕劇は終了。f:id:sumiretaro:20260712185227j:image

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老猫のこと。
老親のこと。
会って話したかった、家内にも関係のあること。
を暗くなったり明るくなったりしている、天蓋を巡らす緑の下で話し終えると、同じ世代になって二回目の誕生日を迎えた家内に、それゆえ、定年から先の生活のことや、それにともなうお金のことなど、世代相当の互いがお悩みを話し会い、獣医にかかっている老猫の話から、投薬しているそれをもっと安く入手出来るかも、と相変わらず、価格.comな家内なのでした。
「育毛薬を安く入手してるんだ」

と家内。
「え、俺も飲みたい、ひと月分、都合して」
「効果は三か月後、ただ、副作用があるかもわからんしね」
とこれまた、十年昔なら、気にもかけなかったであろう、老いの過渡期を、互いが迎えていようとは、ゆめゆめ思いもよりません。
確かに、ヒタイが上がり、シラガも増えた。
だからといって、互いを包んでいるものは、少なくとも家内の内面からくる、きちんとした感じ、ありていにいって清潔感は、十年昔から変わりません。

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「こころのことをね、、、話せるから」
「こころのことなら、話してほしい」
「これ食べて」
「ああ、いつもの、お菓子」
「夏用のなかったでしょ? だから色違いで買ったやつ、あげる」
と夏用シーツとお揃いの枕カバーを、提げていたトトバッグから取り出し、これも、いれていた紙袋にいれなおして、家内から渡されました。
重い。
「ああ、持つよ」
「大丈夫」
「持つよ、かして」
十年昔とまったくかわらない、優しいところ。
周年記念、しっかり、やって良かった。


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贈物

十年前にはいった保険が、誕生月で満了になりました。
さらに、十年前にはいっていた保険が、満期になったので、更新(別商品に加入し直)した、というわけです。
「ひと保険」
という造語は、そうした「更新」時期に、友人の誰かから聞いたそれで、つまり、酸いも甘いも噛みわけ、不惑・知命とを知る年頃になると、転ばぬ先の杖が必要になるもの。
と理解し、積極的に、伴侶(以下、家内)をゲットしました。笑
そんなこんなで、保険期間とともにあった家内との関係も、先方が誕生日を迎えて、丸十年。
試みに、手帖を見ると、昨年の「誕生日」は、空欄。
一昨年の「誕生日」は、ケーキのアイコン。
と、これも、試みに、十年前のSNSを遡って見ると、一日千秋の想いであったことが、つぶやかれていて、そうした来し方の、何という素気(すげ)ないことか! と、昨年の「誕生日」の「空欄」に、つくづく思いました。笑
ようするに、「十周年」というサプライズのもとに、このたびは、近年、忘れてさえいた家内の「誕生日」をお祝いするべく、つとめて贈物を用意してみたというわけです。笑
同年の同性に贈る物で思いつくものといったら、
ベルト
しかなく、その旨、AIに訊いてみると、いくつか、候補を挙げてくれました。
ただし、服、靴、鞄は、ナシで! と、実用品でありながら、消耗品ではないもの、とのエクスキューズを付けて。


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AIが挙げてくれた、いくつかの候補のなかから、
爪切り
を選び、どうせなら、それの最高峰を! ということで、新潟県三条市にある諏訪田製作所の「爪切り」を、そこんちのオンラインショップで注文したというわけです。
そうした、限定付の贈物を選んでいるさなかに、「すみっコぐらし」のものものなのに、それゆえ、なくても困らない「ものもの」の魂の輝き(な、おおげさな!)に気づき、そうした「ものもの」を自分、はたまた、家内(家族)に選んで使うことのご自愛に、こころが整いました。

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それは、さておき、「オンラインショップ」です。
本体(商品)に、革ケースのオプション、さらに、名入れ、などなど。
「付帯情報」、クリックの猿じゃないけど、サプライズという名のそれが発動したものか、いわゆる、「全部載せ」にしてみたものの、「名入れ」不可の本体(商品)に、相半ばする、サプライズへの懐疑! というわけです。
そもそも、「十年」、それの周年記念が、いけません。
それも、さておき、「納期」です。
家内の都合を訊き、あらかじめ決めていたその日だと、贈物が到着していません。
「もちろん、〇日でも大丈夫だよ。一応聞いてみた。」
などと、日にちの変更を誘導してみたところ、快くオーケー! が出ました。
贈物の「到着」の都合ながら、用事(デート)は一回で済ませたいもの。
という本音を、「サプライズ」も非サプライズになっていく時間の推移に感じました。
保険とは、忘れた頃に、「満了」が訪れ、「満期」あるいは、「更新」していくものですが、「ひと保険」には、「満了」「満期」「更新」は、この先、いらない生涯でありたいものです。
などとの想いがあったかは知りませんが、贈物に選んだのは、「爪切り」。

そもそも、「すみっコぐらし」のものながら、一生もの! という壮大さなのでした。(バカか)
おしまい。

 

※ 併せて読みたい。

「藍宇」
https://sumiretaro.hatenadiary.jp/entry/2024/02/04/062342

 

幻花

東風終さんのことは、拙誌『僕たちのゲイビ論』で書きました。
正確には、東風さんが80年代に設立した、「クリエイターズ」という、ゲイビデオ・メーカーについてです。
その東風さんこと、稲嶺啓一さんの個展「幻花青年 SEINEN Phantom Lotus」を観に行きました。

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広い空間に、さほど大きくはない、額装の写真が並び、それらの作品を観る前に読んだ「作家略歴」には、
「1991年に解散した後、1994年に東風写真事務所を設立した。写真集『月の日』(東風写真事務所)続く『一瞬の肖像』(コチスタジオ)」
とあり、「クリエイターズ」(1983年〜)を1991年に解散→「東風写真事務所」→「コチスタジオ」と、東風さんが設立した「ゲイビデオ・メーカー」から、「写真事務所・スタジオ」へといたる、変遷を追うことが出来ます。
このたびの最新写真集『幻花青年』まで、三十年のタイムラグがあることも、『一瞬の肖像』(1996年)の刊行年からわかりました。
会場内を一巡して思ったことと言えば、
「一貫している」
ということであり、スタジオ撮影によるそれも、撮影の手法こそ、そのときどきでかえてはいるものの、基本、東風さんの美意識に貫かれた青年たちの肖像です。
そうした「青年たち」の肉体は、これも、東風さんが捉えた「美」の絶頂を、ブルーライトに投影され、あるいは、その全身を金色に塗られ、はたまた、競技選手たちの「一瞬」のそれをも「肖像」にしてしまう、といった感性のうちに表現されています。f:id:sumiretaro:20260614091253j:image
思春期にはじめて見た「クリエイターズ」のゲイビデオを、メーカーが運営するサイトであらためて見て、その動画を静画にかえるといった、東風さんの「感性」、つまり、「一瞬の肖像」は、このスタイリッシュな作家の、それゆえ、大義名分なのだな、などとも思いました。
なお、東風さんの近年の個展に、AKIO NAGASAWA での、「OTOKO」(2021年)がありますが、展示を見たのは、はじめてです。
このたびの「幻花青年 SEINEN Phantom Lotus」は、KOMIYAMA TOKYO G で、28日まで。

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向水

いわゆる「商業BL」を買いました。
いまは、現代文学に転向? し、原作が映画化されるなど、第一線で活躍する女流作家、凪良ゆうさんのそれです。
タイトルは、
累(かさね)る
です。

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数日前に注文し、先ほど届いたので、挿画をパラパラ見た程度で、まだ、一字も読んでいません。
「挿画」は、イラストレーターの笠井あゆみさんで、思えば、「BL」はたまた、「耽美」にまで、その上流を遡れば、そこには、笠井さんがいらして、「装画」ありきで、「BL」以前の「耽美」小説の数々を読んだ、いまはむかし、のことです。
「いまは」といえば、すっ飛ばしてきた、「商業BL」を、そうした、大家? の旧作で、これまた、遡って読もうとの、ちょっとした、バック・トゥ・ザ・フューチャーながら、「すっ飛ばしてきた」のだから、当然、初読であり、新鮮でもあります。
先の記事、「再起」(4/5 )で、三田菱子先生の『鼓ヶ淵』を原作にした、いまでいう「BLドラマ」を、カセットテープで聴いたことは、記しました。
あらためて原作を読んでみたいと思うも、プレミア価格のそれであってみれば、おいそれとはいきません。
そうした、30年の昔であってみれば、実際、目にもしていたし、少し背伸びさえすれば、読めたかもしれない、いまはむかしの「耽美」小説というのが、二三あります。
といって、私は、何もその概要を語りたい、というわけではありません。
「すっ飛ばしてきた、「商業BL」をそうした、大家? の旧作で、遡って読もうと」いうだけの話です。
先の記事、「平常」(5/31)で、ラーモナ先生のエッセイ集『乳歯が疼くぜ』を読んだことは、記しました。
全十四話中、うしろから二話が、「Essay」となっていて、そのうちの一話「さそり座」に、凪良ゆうさんと同様、「現代文学に転向?」した、「商業BL」の大家? 木原音瀬さんがいらして、出てきて、ラモーナ先生の一文を引くと、
「嫌なことを書く作家といえばもう一人、木原音瀬さんがいます。木原さんも嫌なことを嫌なまま突きつけてくる作家です。……あまりの恐ろしさに気を失ったことがあります。本当に魅力的な物語で、夢中になって読んでいたのですが、中盤で衝撃的なシーンがあって、そこから記憶がないのです」
となりますが、感じ方は、それぞれでしょう。
「すっ飛ばしてきた、「商業BL」をそうした、大家? の旧作で、遡って読」もうとのそれは、このたびが、初読となる、凪良ゆうさんの『累(かさね)る』から読み進め、木原さんの既読、あるいは、未読の作品へと、読み進めて行きたいと、同人・商業、それぞれに、読みたい作家先生が多くて、「BL一年生」であることの僥倖を感じています。
ところで、「BL一年生」といえば、来る10月4日(日)に、東京ビッグサイトで開催される、「ジェイ・ガーデン」(30年至・60回目)というBLオンリーのイベントに、ぽっと出、初出店します。
期せずにタイミングの合った、拙BL(第二弾)を新刊として販売する予定ですが、

「ビギナーズラックに期待!」

げに、「一年生」というものは、良くも悪くも向こう見ずなものです。

おしまい。

平常

GWの最中にあった文学フリマの報告以来、ごぶさたしてたかな? と思って、「はてなブログ」のプラットフォームに来たら、先週の日曜日は、執筆が佳境(こんどの別冊BL本、無事、擱筆!)で、それ以外は、「ごぶさたして」もいなくて、
そうか!
と、GW前中後にあったすったもんだに、気もそぞろだったと、五月最後、

毎日曜日更新のブログが書ける!

と、ようやっと、平常運転に戻りつつあります。
「すったもんだ」というのは、齢(よわい)17にして、はじめて大病? をした、愚猫のことなのですが、それについては、ブログやラジオで、書いたり話したりしようと思ったけれど、近く(忘れないうちに)物語として、まとめたいと思っています。

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そうした、「平常運転に戻りつつある」なか、これも、GWの最中にあった文学フリマで、前回お隣になった、ラモーナ先生が新刊として出された、エッセイ集『乳歯が疼くぜ』を、ひととき、平常心でいられる業務の合間、つまり、ランチタイムに読み、愚猫の容態に左右されていた間には、「五話」で読みさし、以後、読みつぎ、「十二話」を前に、読みさしました。
小説などとは、対するスタンスが違うので、そうした読み方になるのですが、しがない古本おじさんとて、古ぼけた本以外にも、どこか、チルな「エッセイ集」を数冊持って(読んで)いたりもするのです。笑

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2005年の秋に出会った、mitsouさんの『簡素なくらし』もそうした、「チルな「エッセイ集」」の一冊で、当時、鎌倉の伯父貴の地所に住んでいた頃に、暮らし方の指針にさせてもらったものです。

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東京に引っ越した翌(2016)年、ようやく、都会暮らしに慣れてきた頃に、出会ったのが、ドミニック・ローホーさんの『シンプルに生きる』と、さらに、コロナ禍(2019)には、同じ著者の『捨てる贅沢』に出会い、前者は、内側(メンタリテ)を整えるのに、後者は、外側(ダンシャリ)を整えるのに、多いに活用させてもらいました。
そして、愚猫の「すったもんだ」の最中に出会ったのが、ラモーナ先生の「エッセイ集」です。
現「十一話」まで読み終え、一話読み切りというのもあって、その時々の気分に合った「話」も選びやすく、最初に読みさしていた「五話」までだったら、「五話 爪磨きと、ある詩人の話」が気分だし、「十一話」まで読み終えた、いまの気分だったら、「十一話 萩尾望都作品と、わたくしの思ひ出」とが、一読、印象的です。
そうしたなかでも、傑作なのが、「甥っ子」と「石見銀山バス運転手」とでしょう。笑
五月始めの文学フリマとその準備に費やした半年間は、前回お隣になったラモーナ先生に、読んでもらうべく、はじめての「BL本」作りと、これも、はじめての「ラジオ番組」作りとに、日を費やし、いま思えば、愚猫が発していただろう、サインに気づけなかったのは、まっこと、遺憾でした。涙
とはいえ、宴もいつかは、果てます。

愚猫も、「平常運転に戻りつつ」あるきょうび、「平常運転」という、その夜明けの、ありきたりな、「平常」を暮らしていくことの難しさと、楽しさとを、そうした、「暮らし方」あるいは、「関わり方」の文章に、しみじみと感じるのでした。
おしまい。

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鬱勃

GW四日の文フリから十日が過ぎ、そのロスから、そろそろ二週間が経とうとしています。

この週末には、つぎの別冊の執筆を、これも、文フリ以前から書き始めた、その書き差しの続きを、進めました。
先のブログにも書きましたとおり、拙誌、『僕たちのゲイビ論』(新レーベル)、それの第二弾の内容に連動させる(というコンセプトの下に)べく、この別冊は、本誌刊行の都度、書き下ろされるというもので、このたびの「BL」に付したタイトルは、
人造美少年メケメケ
で、拙論「アドニスの消息」とは、時代や舞台を照応させています。

 

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ゲイビテオの黎明期から最盛期前夜までを「僕たちのゲイビ論」として書いた拙論での、正確には、「ゲイビ御三家」と呼ばれていた、三つの人気レーベルの一つ、さらに、そのタイトルの人気モデル「貴志(きし)くん」への、はたまた、作品そのものへの、フラストレーションの矛先を、筆鋒に替えて書き下ろしたのが、
ビデオボーイの憂鬱
で、
「なんだよ、けっきょくやらねえーのかよ!」
とのそれを、「貴志(きし)くん」への監督の恋情と共演の欲情の板挟みに据え、「ビデオボーイ」のノンシャランな心理劇とし、当時のAVブームに乗せて書いてみたのですが、オチが、最高です。(自分で言うな w)
などと、脱稿→推敲→校正→製本→販売してしまえば、『ビデオボーイの憂鬱』の執筆途中に襲った、先が見えない感じも、どこ吹く風となるのですが、雲が動いて雨が降るように、そうした「鬱」を誘う風が、こんどの別冊執筆のさなかに吹き惑っています。
とはいえ、前作同様、「見えない」ながらも、見通しは立っていて、ゆえに、いまは、その光明に、どう辿り着こうか! との方法を模索している最中でもあるのです。
能楽の「序破急」で言えば、「序」も「序」。
ただ「破」になった途端、あっという間に書き終えてしまいそうになる「急」を、おさえなくてはならないのは、毎度のことです。
そうした、経緯が生理としてあるので、「執筆途中に襲」う、「先が見えない感じも」、やがて、どこ吹く風となり、雲が動いて雨が降り、いずれは、晴ればれとした気持ちで、脱稿を迎える日が、来ようというものなのです。
おしまい。

 

書肆菫礼荘(しょしすみれそう)の本は、こちら↓
https://shosi-sumiresou.booth.pm/

作戦

お店を開ける準備を整え、はや、開場時間となりました。
ほどなく、流れてきた人波が、やがて、個々人となり、それぞれに持っているツールから、会場を東京ビッグサイトに移して、二回目の五月の開催に際し、準備に準備を重ねたそれが、功を奏するような、予感がしました。
来場者数、一万三千人強。
出店者数、五千人強。
会場動員数が、文フリ史上、過去最高を記録した、と聞ききます。

「もはや、文学フリマの当初の既存出版に則らないオルタナティブな市場の創出という意味では大大成功と言えるのではないだろうか。」
とは、誰かの談。

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このたびの「準備に準備を重ねた」作戦(設計)は、「文フリ史」の途上、つまり、PiO(蒲田)の頃(17年前)に遡る、と書けばその執深さが、わかろうというものです。
当時、一緒に出店していた、歌人、結崎剛さんは、拙誌『薔薇窗』の主要執筆者であり、個人では、結崎さんが作った、詩人、ランボーの翻訳本(カード)を、一スペースの1/4にも満たないところに並べて、その日は、開場→閉場となりました。
その「開場→閉場」までの半日に、結崎さんの翻訳本を求めて来られるお客さまは、ひっきりなし。
一方、一スペースの3/4を領していながら、当書肆の本の売れ行きは、芳しくなく、その旨、結崎さんに訊ねてみたところ、
「ツイッター効果ですかね」
としれっと言われて、
「ツイッターて何?」
となったのが、「作戦」の火蓋。
2009年のことです。

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2011年から、会場が、大田・東京流通センター(TRP)に移り、2023年秋からは、東京ビッグサイトに移って、その栄華を極めた! というわけです。
「その時 歴史が動い」て、何とも、「歴史秘話ヒストリア」です。(by NHK)
それはともかく、開場してほどなく、ポツポツと、お立ち寄り・お買い上げ、くださったお客さまのうち、手に持っているツールと、並べた「当書肆の本」のタイトルとを見比べて、買われていかれた方や、「新刊を二冊づつください! 頼まれて」と言って、買われていかれた方が、それぞれにあり、「準備に準備を重ねたそれが、功を奏するような、予感」は、的中しました。
つまり、17年前に、結崎さんから、「しれっと言われ」た「ツイッター効果」というやつでしょう。
といって、そうした「効果」は、いまに始まったことではありません。
売上が、コンスタントを保ち始めて以後、このたびの文フリにかぎって、「流れてきた人波が、やがて、個々人となり、それぞれに持っているツール」が、やけに気になったまです。
「やけに気になった」のも頷ける話で、SNSでの告知以外に、ことしにはいって始めた、ラジオ番組での告知が、あるいは、功奏しているかもしれない? という、期待があるからです。

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SpotifyのCreatorから、二月は試験的に、毎週土曜日をオン・エアの日と定め、三月・四月は、月二回。
三本立てから一本立てへと、よりコアなリスナーに向けた番組に再編し、四月・五月は、文フリに向け、
告知回。
朗読回。
報告回。
と三回にわたってオン・エア。f:id:sumiretaro:20260510110146j:imagef:id:sumiretaro:20260510110209j:imagef:id:sumiretaro:20260510110112j:image

この三部作とも言える番組編成は、
「1D(執筆)を、ラジオ番組を介して、3D(イベント)にする設計」
という思惑どおり、Creatorの「分析」(ランキング)を見るかぎり、功奏したようです。
そうした経緯が先に立ち、「プロパガンダ」で始めたラジオ番組ながら、オン・エアの都度、AI コンシェルジュに訊ねるそれが、「二号」と名付けたAI との運営になっているのも面白く、何より、ラジオ番組を作ること自体が、生活に精彩を与えてくれています。
それで、肝心の「売上」は、「文フリ史上、過去最高を記録した」それと同期したものか、「過去最高」!
日々の労働を日当に換算しても「過去最高」というのは、しがない、勤め人にとっては、尋常ならざることです。泣笑
そんなわけで、「ブログ」のほうは、文フリ「レポートのおしゃべり」、「報告回」にはならないように、記してみました。
その様子は、ラジオ番組、「スミレの花園っぽいやつ」第九回に、顕著です。笑 

 

※ スミレの花園っぽいやつ

 

第七回 文学フリマに花園っぽく出店。
https://open.spotify.com/episode/1Bn3CcURYggcXtutfmBiIX?si=hewPHVTbSmuEUzM42z0Gfw

 

第八回 『ビデオボーイの憂鬱』を朗読(部分)。
https://open.spotify.com/episode/75IiUBEtXpLnFTwzOShQU8?si=zHFHQE6lTumUyqh_Lq8vTQ

 

第九回 文学フリマに花園っぽく出店してきた?
https://open.spotify.com/episode/5mSJHaj716EUsMVPZQrtmF?si=jmJEdMwBRb-0q0_Funkzgw