電車が到着したタイミングで、家内からLINEがありました。
「いま着きました。ごゆっくり」
そのテンプレに甘えるときもあるけれど、
「到着したタイミング」とあらば、急がないわけにはいきません。
近くしか見えないコンタクトレンズであっても、遠方にいる家内を見誤ることはありません。
「お待たせ」
とご挨拶。
ひとまず、ランチをとりに向かうさ、グーグルマップで確認。
「ここかな?」
開店、三分前。
ほどなくシャッターが上がり、ヒゲを蓄えたアジア系外国人の店主が、どうぞと迎えてくれました。
打ちっぱなしのコンクリートの壁と赤いカウンター&テーブルが、スタイリッシュな店内。
奥のカウンターに横並び、引き出しから、ナプキンとマエカケを使います。
「花山椒が効いてたね」
と食べ終え、家内に感想したら、
「手を洗わず麺に触れてた」
と。
気づかなかったことだけに、聞き流していたら、
「シャッター上げたその手で」
とつけたされました。
「よく見てるねえ」
と、衛生観念の薄さに、たじたじ。
思い返せば、十年昔に、そうした「観念」の違いにストレスを感じたこともありました。
それがもとで喧嘩をしたことも、しばしばです。
そこから、コロナ禍を経て、いまに至っているわけですが、禍中会うことが少なかったのは、あるいは、家内の「衛生」に対する、厳しさのゆえか? とも思うけれど、ときは過ぎました。



天蓋を巡らす緑の下。
木造りのベンチに横並び、周年記念の贈物を渡しました。
「開ける前に当ててみて」
「軽いけど、まさか、指輪とか?」
「そういう気持ち悪いものではないよ」
と一日千秋の想いでいた十年昔なら、絶対に言わなかったことが、口をつきました。
「ヒントは手。しかも一生物」
と十年昔に戻って、はしゃいでいる、バカらしさに、
「こうやって、俺の指を握って、ちゃんとキレイにしてね! って。自分でも磨いたりしてたよね」
とこれまた、家内の「衛生観念」を過ぎらせつつ、
「もしかして、爪切?」
「当たり!」
と十年昔に戻ったかの一幕劇は終了。

老猫のこと。
老親のこと。
会って話したかった、家内にも関係のあること。
を暗くなったり明るくなったりしている、天蓋を巡らす緑の下で話し終えると、同じ世代になって二回目の誕生日を迎えた家内に、それゆえ、定年から先の生活のことや、それにともなうお金のことなど、世代相当の互いがお悩みを話し会い、獣医にかかっている老猫の話から、投薬しているそれをもっと安く入手出来るかも、と相変わらず、価格.comな家内なのでした。
「育毛薬を安く入手してるんだ」
と家内。
「え、俺も飲みたい、ひと月分、都合して」
「効果は三か月後、ただ、副作用があるかもわからんしね」
とこれまた、十年昔なら、気にもかけなかったであろう、老いの過渡期を、互いが迎えていようとは、ゆめゆめ思いもよりません。
確かに、ヒタイが上がり、シラガも増えた。
だからといって、互いを包んでいるものは、少なくとも家内の内面からくる、きちんとした感じ、ありていにいって清潔感は、十年昔から変わりません。

「こころのことをね、、、話せるから」
「こころのことなら、話してほしい」
「これ食べて」
「ああ、いつもの、お菓子」
「夏用のなかったでしょ? だから色違いで買ったやつ、あげる」
と夏用シーツとお揃いの枕カバーを、提げていたトトバッグから取り出し、これも、いれていた紙袋にいれなおして、家内から渡されました。
重い。
「ああ、持つよ」
「大丈夫」
「持つよ、かして」
十年昔とまったくかわらない、優しいところ。
周年記念、しっかり、やって良かった。




















